友達の甥っ子、S君が出家することになった。9というのはタイで縁起が良い数字。その9歳で出家すると、特に父親にとって大きな徳をつめるという。だから、恩返しも含めて、秋休みの7日間、小僧になることにした。
儀式の前に、3日間お寺にこもらないといけない。その間は、上下白い服をまとい、瞑想をする。成人男性だったら、1人につき1部屋が与えられるけど、S君はまだ子ども。1人では幽霊が怖くて眠れないということで、付き添いでおじいちゃんも一緒に10日間泊まることになった。
この3日間はまだ「こちらの人」なので、部屋に女性が尋ねに行ってもよく、S君のおばあちゃんも着替えや差し入れを持って行った。あまりにも蚊が多いので、蚊取りラケットもカバンにいれておいた。これはラケットの形をしたもので、編み目の部分が金属になっている。そして、スイッチを押すと電気が流れる仕組みになっていて、蚊がいるところで振れば、バチバチッと火花が散って、焦げ臭い匂いとともに蚊が感電死する。手で叩くより数倍、捕まえられる確率が高いので、一家に1本は必需品になっている。
S君の部屋の前は木が生い茂っていて、夕方になるとぶ?んぶんと蚊が大群で飛んでいる。あまりの多さに閉口したおばあちゃん、このラケットを持って部屋の前で戦うことにした。
バチ、バチバチバチッ、ものすごい音が辺りに響き、火花が散る。ラケットを振っても振っても、蚊の数は全く減らない。
しばらくすると、僧がやってきて、
「そこのあなた、気持ちは分かりますが、ここは一応、お寺の敷地ですよ」
と注意された。その言葉で、「殺生」を犯したことに気付いたおばあちゃん。しずしずと部屋に戻り、蚊除けのスプレーを体に塗るはめに。