毎週うちの近所におばあさんがやってくる。腰をくの字に曲げ、花をたくさん入れた大きな籠を背負って来る。もう80は過ぎているだろうか。昔話から飛び出してきたようなおばあさんだ。
私の町は坂の町。スキーで直滑降したら楽しいくらいの急斜面。大雪が降るとチェーンをつけないと車は上がれない。おばあさんはそんな坂を上ってくる。
いくつか家を回ってピンポーンと鳴らし、売り歩く。その姿を見るといつも買ってしまう。ちょっと高めだけど、花は美しく、シャキッとして、いつまでも家を華やかにしてくれる。
そのおばあさんが今朝も花を運んできた。本当なら花を抱え、肌で感じ、目と鼻で楽しむところだけど、今回は違った。以前なら真っ先に鼻を近づけてクンクンしてたけど、反射的に動きが止まっていた。かいではいけないんだと。
なんでだ?と考えたら、タイでその癖がついちゃっていたのだ。
1度こんなことがあったのだ。うちのアパートにジャスミンの花があって、ある日、大家さんが両手いっぱいに取ってきていた。家の守り神と土地の精霊に供えるって。
「わあ、ジャスミンだ!」
と喜んだ私はいくつか手にとってクンクン香りをかいだ。そして返そうとしたら、大家さん「いらないから、あげる」って。
なんでかと思ったら、もう香りをかいでしまったから供えられないと。仏壇に供えるごはんをつまみ食いしちゃうのと同じなんだろう、香りといえども。
その時に、僧侶に喜捨する花やお寺や神棚などに供える花は絶対に香りをかいではいけない! ということを学んだわけだ。
だから今では花を見るとついつい「これはかいでいい花か?」なんて確認するようになってしまったし、日本でも同じことをしてしまうようだ。