転がされた石うす

 うちの台所には「なんで?」というものがよく転がっている。つい最近発見したのが「石うす」だ。タイ料理に手を出したことがある人は、1度は「欲しい」と思ったことがある道具だと思う。私も欲しい、欲しいと思いつつ、あのずしりという重さを考えると持って帰るのを断念していた。だから日本ではずっと、すり鉢やミキサーを代わりに利用していた。
 ある日、私が料理をしながら、
「本当はタイではこんな時、石うすを使うんだよね」
 と何気なく言うと、母が
「あら、あったわよ」
 と言う。初耳だ。鼓動が早くなるのが分かった。
「そ、それでそれはどうしたの?」
「使わないからあげちゃったわよ。でもきっとAさんも使わないで、その辺に転がっているはずだから、聞いてあげるわ」
 それにしてもなんで石うすが家にあったのだ?! 今まで全く知らなかった。母に聞くと、どうやら数十年前、シンガポールに駐在していた時に買ったそうだ。
「インド人はこれでつぶしてスパイスを作るみたいよ」
 とさらっと言うけど、母は1度でもこれを使ったことがあるのだろうか。まあ、使わないから友達にあげたんだろうが。それならその友達は何に使うのだろう……。
 母がしばらくしてその友達に聞くと、やっぱり1、2回使った後は縁の下に転がしていたという。
 使わないのなら…、と返してくれることになった。その人はヒーヒーいいながら担いで電車に乗って都内まで持ってきてくれ、母もヒーヒー言いながら神奈川に戻ってきた。本当にお疲れ様でした! 今度こそ私がちゃんと使ってやろう。

投稿を作成しました 1996

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